保育園と父子家庭と弁護士と(「自由と正義」日本弁護士会連合会)

1,プロローグ

2,入園まで

3,大きな変化が

4,親の気持ちに対する配慮

5,青少年事件と親子関係

1,プロローグ

 昨年三月、故あって二歳の娘と二人、父子家庭になりました。それまでも、娘は父親に非常によく懐いていたようなところもあり、仕事に娘を連れていくことはありました。事務所の打ち合わせは言うに及ばず、弁論準備、調停、日弁連や九弁連の委員会、ボランティア団体の養成講座・・・証人尋問以外のほとんどありとあらゆる弁護士の仕事の現場に顔を出したことのある1~2歳児でした。どこに連れて行っても非常におとなしい「良い子ですねえ」と言われる子どもでした。

2,入園まで

 それが、ある日降って湧いたように母親がいなくなりました。当初は父親の仕事場に連れていく毎日でしたが、そうそういつまでもこれを続けていくのもかわいそうと思って心理職の知人に話したところ、「大人の顔色ばかりうかがうような子供に育ってしまうのはよくないかも」と助言されました。それで勇気を奮って市役所の保育課を訪ねたところ、事務所の近くのキリスト教系の保育園で一時保育を受け入れるところがあるとのこと。早速紹介してもらい娘を連れていってみました。父子ともに疲れ切っていたのを察してか、園長以下先生方はとても暖かく父子をうけいれてくださり、翌日から一歳児クラスのすみれ組に通うことになりました。これが、三月の、もう下旬になってのことでした。4月からの通園についても、当初は公立の保育園に入れていただく予定にしていたところ、一時保育でお世話になっている園の主任から話があり、一週間でまた保育園が変わってしまうのでは子供さんが慣れるのに大変かもしれないので、うちの保育園に通うようになさってはどうですか、とのことでした。実は、このキリスト教系の保育園は、なぜか市内でも非常に評判がよく、待機児童のリストがいちばん長いことで有名なのを知っていたので、私としては近くの別の私立の保育園を申請していたのでした。

 一方で少子化だ、保育園の統廃合だという話が相次ぐ中で、待機児童の数は減るどころか増え続け、どの保育園も定員オーバー。何だか不思議な感じはしますが、父子家庭生活の第一関門、保育園への入所は四月からの正式入園を急きょ決定していただくことで何とかクリアーしたのでした。

3,大きな変化が

 保育園に通うようになり、四月からは晴れて二歳児クラスへ進級した娘。四月生まれなので早速お誕生会も催してもらい、そうこうしているうちに仲良しのお友達もできた様子。仲良しのお友達は「りんりん」と「さおちゃん」。気が付いたらりんりんは実は私の友人の娘で、さおちゃんは私の友人の娘さんと同じ名前(これはどうでもいいことか)でした。保育園に通うようになって、びっくりしたのは、なんだか自己主張がはっきりしてきたことでした。それも、大人だけに囲まれた生活の中で、大人の顔色ばかりうかがう生活をしてきたのだから、いい方向に変化があったことは、とてもありがたいことで、いくら感謝しても感謝しきれません。

4,親の気持ちに対する配慮

 さて、以前長男と次男の時に体験した市立の保育園は、なんだかんだといろいろと親に対する要求水準が非常に高くて、それは大変だったという思い出ばかりでした。今回は、そんな事も十分あるぞ~と覚悟して臨んだわけですが、あに計らんや、これがまったく逆なのです。「すみません、お昼寝のお布団カバーの準備、期限のあさってまでにできそうにないのですが、どうしましょう?」と聞いたら、「お父さん、大変でしょうから、いいですよ~園の予備を使っておきますから~」とか、帽子とか、あれこれ忘れ物をしても「じゃあ、マルホ帽子(保育園の保の字のマーク入りの帽子)かぶろうね~」とか。ちっとも怒られません。これはいったい何?

 今思えば、このお父さん、かなり疲れていてやばい、あまりプレッシャーを与えないように、と園長や主任から指示が飛んでいたのでしょう。

 子供の気持ちをちゃんと把握して適切に対処してくれるだけでなく、親の心理的な状況まで把握して対処してくださるなんて、素晴らしい園で、人気があつまるのもうなずけるなあと深く深く実感しました。

 秋には親子遠足。仲良しのさおちゃんと同じ班で、手をつないで動物園を歩きました。サツマイモ堀りもとても楽しみにしていたようで、後々まで、「さおちゃんとおててつないであるいたよね~」「おいもほりいったもんね~」「またおとうさんといもほりにいこうね~」と繰り返し繰り返し。お気に入りの絵本もいろいろあり、お絵かきもあっという間にじょうずになりました。今年の四月に三歳児クラスに進級して、やんちゃぶりもますますパワーアップ。運動系は、いつも駆けっこでビリだった父に非常によく似てしまったようですが、歌を覚えるのは誰よりも早いとか。ま、その調子で元気に育って欲しいと望んでやみません。

 この園のご縁で、障害児を抱える家庭の育児支援をしている民間団体とのつながりもできるなど、別の貴重な出会いにも恵まれました。感謝に堪えません。

5,青少年事件と親子関係

 長崎県では、昨今、青少年による重大事件が相次ぎ、私も弁護士として被害者支援にかかわるなどの経験をさせていただきました。これらの少年事件でも若年の成人による刑事事件でも、幼少期の親との愛情・愛着関係の形成不全が大きく影響していると指摘されることが多い状況です。長崎県弁護士会でも、児童虐待問題の研修会を開いたりと子供の福祉にかかわる弁護士の仕事がこれからの課題となってきております。このような中、もっと身近な、娘の通う保育園でこのような温かい対応をしてもらったことは、まずは父子家庭を生きていくための大きな力になりました。弁護士として、のみならず、一市民として、子供の問題、親子の問題にきちんと向き合っていくことが何よりの恩返しだと思っております。

(出典:「自由と正義」日本弁護士連合会:2006年11月号32ページ)

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